本文へ移動

献詠短歌会

宮崎神宮の献詠が最初に募集されたのは昭和16年3月からです。
この年、日本は米英両国に対して宣戦布告し、海軍はハワイ真珠湾のアメリカ太平洋艦隊に壊滅的打撃を与え、陸軍はマレー半島に上陸赫々たる戦果を挙げつつあった頃であります。初戦に勝って大いに戦意昂揚していた時代でした。
 
それだけに献詠の応募者は、遠く朝鮮、満州等に及び、近くは福岡、熊本等に及んだのでありました。
選者も当初は、國學院大學教授武田祐吉博士であり、その後は更に武島羽衣、木俣修、岡野弘彦氏等々、の指導を受けたのでありました。特に木俣修氏は北原白秋の門下生で、宮柊二と共に双璧と称せられる歌人でした。
戦後の何年間かは、短歌献詠の事が行われてなかったのではないかと考えられます。それを片岡常男宮司の時に復活され、現在に至ります。定められた兼題に毎月応募いただき、選者がその選にあたります。尚、現在の選者は堀家博子氏で、会員は約60名おり入選された方の作品は社報「養正」に掲載します。
 
入会希望、興味のある方は、ご連絡下さい。
 
問合先 宮崎神宮社務所 担当 須田 (0985)27-4004
 
※平成31年兼題
 1月 生  
 2月 窓  
 3月 指  
 4月 フェニックス
※令和元年兼題 
 5月 緑 
 6月 田
 7月 予報 
 8月 サラダ 
 9月 月 
10月 坂  
11月 時計  
12月 箱

※平成31年/令和元年優秀作品(「天」のみ)

1月「生」 宮崎市 川口 末子
天からの両親(おや)兄姉のたましひが「強く生きよ」われを励ます
(評)父母も兄姉も早く逝き取り残された哀しみに暮れた作者であるが、今では目に見えない形で両親や兄姉が見守って応援してくれていると思い生きる作者である。人生プラス思考になって生きる方が絶対幸せと信じたい。結句の敬語は不要。結句が大事です。
 
2月「窓」 宮崎市 中光 郁惠
まつすぐに朝日差しこむ向ひ家の窓は一瞬ステンドグラスに
(評)冬の朝日が隣の窓に射してきらきらと、それはまるでステンドグラスを思わせる
と感動して目を留めている作者です。自然が織り成す反応の景をリズムよく詠んでいます。「一瞬ステンドグラスに」と断定しているがさぞ美しかったのでしょう。
 
3月「指」  宮崎市 黒木和貴子
針箱に遺る指貫こよひ嵌め母を恋ひつつ子の手提げ縫ふ
(評)手提げを縫いながら、小学校の頃母が私にも縫ってくれたなあ・・と思い出す作
者。母との遠い一こまが蘇って来たのである。「針箱」「指貫」そして「手提げ」という言葉に誰もが遠くなった時代を、その頃の母を思い出し共感を呼ぶ作品。
 
4月「フェニックス」  宮崎市 和田 洋子
「フェニックスハネムーン」の歌くちずさむ峠の茶屋の高木仰ぎて
 (評)結句の高木はフエニックスであるが、ちょっと違和感がある。「木の下蔭に」で充分かと思う。デュークエイセスのヒット曲は今でも宮崎を歌う名曲と思う。少し若返った気持ちになるし、宮崎の景色を誇らしく思う作者だろう。
 
5月「緑」  宮崎市 友枝 清子
穏やかな「令和」の日々をと祈りたり緑の若葉の神宮御社に
(評)新しく迎えた令和の時代が平穏に過ぎます様に・・・という思いは改元のときを共有した誰もが抱いたし、改元により良い時代をと願ったでしょう。新緑の眩しいこの季節の神宮みやしろに祈りを籠めたのは作者のみならず、その思いを代弁した一首である。
 
6月「田」 宮崎市 川口 末子
水張田に青年ひとり田植機を操作する背に小糠雨ふる
(評)現代の田植えの風景が一幅の絵のように浮かんでくる。機械化がすすみ田植えの風景は昔と変わってしまった。この歌は早朝に機械を動かし、田植えが済んでしまうのだろう。この青年は他の職業を持つのかも。「操作する背に小糠雨ふる」がいい。
 
7月「予報」 宮崎市 梅﨑 辰實
梅雨さなか線状降雨帯に予報官「命を守る行動を」という
(評)じめじめした雨でもなく、気温も低めの今年の梅雨只中ですが、油断はなりませぬ。今風の「線状降雨帯」とか「予報官」とかいう言葉を生かして、切迫感のある一首に詠んでいて気象状況に関心を!とすっきりと訴えている。 
 
8月「サラダ」  宮崎市 黒木和貴子
ふるさとの畑に育ちし紅あかり夕餉の一品ポテトサラダに
(評)「紅あかり」は皮が紅色の馬鈴薯で、わが家でも家庭菜園で植えたことがある。期待の中身は普通のジャガイモだったことをこの一首に懐かしく思い出した。ふるさとから送ってきた紅あかりだけに一味ちがった夕餉の団欒になったのでは・・・と思った。

※平成30年優秀作品(「天」のみ)

1月「灯」 熊本市 松山 浩一
新春の粧いせむと取り替えしLED(エルイーディー)灯(とう)のひときわ眩し
(評)部屋の灯りを進化した電灯のエルイーディにした作者である。一首を通し灯りの実感を新鮮に詠いあげている。上の句にお正月を意識して「部屋を粧い」と使ったセンスも、新しいLED灯も効果的に表現していて作者の感動も伝わってくる。
 
2月「寒」 宮崎市 須田 明典
本殿を吹き抜ける風いよよ寒く太鼓打つ手も冷たく凍ゆ
(評) 内容から作者がわかる作品であるが、一首が引き締まって詠まれており読者にも
厳かな雰囲気がよく伝わる佳作である。上の句と下の句のつながりもうまく、太鼓の音に打ち手の状況が見えるような仕事詠である。
 
3月「たんぽぽ•蒲公英」 宮崎市 渡辺 正子
思いきり息吹きかけしタンポポの絮光りつつ吾に迫り来
(評) 見つけたタンポポは早くも白い絮になっていて、息を吹きかけたのだろう。その白くまんまるい種が飛び散った場面。少女の気持ちになった作者なのか、いらいらを吹き飛ばしたかったのか解らないが、風に乗って迫ってきた種に吾に返った作者。 
 
4月「雲」 宮崎市 鐘ヶ江 和貴
一本の飛行機雲は音もなく夕やけ空に広がりて行く
(評)一読して作者の立ち仰ぐ飛行機雲が見えてくる作品で、その飛行機雲は夕焼けに染まり西へと美しい白線を描いているのだろう。時折見かける景かも知れないが、感動して見上げた景を素直に静かな叙景歌に残すことが出来た。
 
5月「草」 宮崎市 黒木 和貴子
夫癒えしよろこびに巡るわが庭の樹木花草ひとしく眩し
(評)家に起こる悲喜こもごもがあってのわが一生であるが、作者の心配事のひとつだった夫の病が癒えたことで胸の痞えが下りた思いだったと思う。変わりない庭も眩しいほどに胸を熱くしている作者であり、下の句の表現に感性を思った。
 
6月「梅」 宮崎市 小松 京子
亡き夫の植ゑにし梅のたわわなり香る青き実声かけて採る
(評)父母だったり、夫だったり・・木々に繋がる思い出は多い。これは今は亡き夫の意思で植えた梅の木である。年年二人で花を愛で、実を収穫した歴史もあり、梅の木
にたわわな実を収穫しながら、「お父さん!今年も生りましたよ」と偲ぶ作者だ。
 
7月「夏休」 宮崎市 黒岩 昭彦
体操を終へたる子らをねぎらひてスタンプを押す夏休みの朝
(評)夏休みの朝々をラジオ体操に参加した児童たちにスタンプを押した体験を回想しての作品と思ったが、「スタンプを押す」は過去形ではないので、地区役員として今
もお世話されているのかと思った。過去だったら「スタンプ押しし」としたい。
 
8月「波」 宮崎市 黒木 和貴子
満ち潮に流れ波立つ大淀川岸を打ちつつ遡りくる
(評)満ち潮の時間帯の大淀川・・観察眼を高めて立ち尽くす作者である。一首にリズムよく表現されていて、そのダイナミックな流れが読者にも見えるように伝わって来る。「流れ波立つ」は「川面波立つ」の方が落ち着くが、「川」の重複を避けたのだろう。
 
9月「橋」 宮崎市 鐘ヶ江 和貴
登り坂に続く大橋ペダル踏み渡り終へたり傘寿の我は
(評)大方の橋は道路よりも上りになっているが、傘寿は八十歳であるから、八十歳を
越えたけれど、今日は自転車でこの大橋を渡り終えることが出来たという自分の
喜びが、上手く一首に纏まっている。結句の強調が体力の自信を表せた。
 
10月「コスモス」 宮崎市 渡辺 正子
父母の逝きて久しも古里の庭に咲き継ぐ白きコスモス
(評)「逝ってからもう随分になるなあ」と感慨にふけり回想して立つ上の句は実家の庭。父母の居ない実家に帰っての感情が凝縮されていて同じ思いを共感できる。母が植えた頃のコスモスが継ぎ残り.寂しく咲いている。「白きコスモス」が良い
 
11月「紅葉」 熊本市 松山 浩一
紅葉はライトアップで賑わえり)大地震(おおなゐ)の傷癒えぬ城址に
              
(評)下の句から地震に痛ましい災害を被った熊本城の紅葉を詠んだ作品と解した。下の句に作者の無念さも、復興を願う思いも籠められた一首となった。外観が蘇ったこともテレビで拝見したものの、その技術も大変だと思った。自然の生命力で廻りの楓などが赤く紅葉して、見守る人々の心を癒してくれているのだろう。
 
 12月「暮」 宮崎市 須田 明典
正月の破魔矢を積みしトラックの到着したる暮慌ただし
(評)初詣を終えて買い求める年年の破魔矢ですが、その破魔矢が神宮社務所に届くという年末の珍しい情景を想像してしまいました。「積みたる」「到着したる」の「たる」の重複が気になるので「積みし」と直した。特殊性、自分に引き付けた題材が良い。

※平成29年優秀作品(「天」のみ)

1月「餅」 宮崎市 鐘ヶ江和貴
年毎に孫らに杵を持たせては餅つきくれし父を思へり
 (評)年の瀬になると、一昔前のお正月風景や、元気だった父母に思いが返ります。孫たちを集めての餅つき行事が甦る作者。父の統率力や杵の音が見えるようです。最近は何につけても時代の変化が早く、失われて行くものが多いと思うのですが・・
 
2月「椿」 宮崎市 黒木ふさを
光射す由布岳仰ぐ露天風呂腕にぽたりと椿落ちくる
(評)「光射す」が強すぎる感があるが、由布岳を仰ぎながら露天風呂に旅を楽しむ作者の抒情豊かな一齣が表現されている。頭上を覆う椿だろう。花が不意に落ちてきた瞬時の驚きは自分だけの幸だったに違いない。「露天風呂に」の「に」はなくてもいい・・
 
3月「卒業」 宮崎市 猪俣 文惠
何ひとつわれに言ふなく逝きし夫心残りも卒業するごと
(評)多分長くなった介護の中で作者は回復を願い、手を尽くして来られた日々だったのに、何も言い遺さずに逝ってしまったという嘆きが読者に切なく伝わってくる。夫は卒業するかの様に逝ってしまった・・という下の句に心情を上手く纏めた。
 
4月「新」 宮崎市 須田 明典
参道に居並ぶ新たな灯籠の一斉点灯に歓声上がる
(評)神武天皇崩御二千六百年記念行事のひとつとして進められて来た灯籠五十基が設置されて、表参道により相応しい景になった。四月二日の竣工祭の感動が簡潔に纏めていて祈念する一首である。神宮参拝のときに出会って下さい。
 
5月「熊本城」 小林市 前満 英子
熊本城築四百年の名城もよみ返る日の何時の日なるか
(評) 歴史を語り伝えて来た熊本城。隣県の城として親しみの深かっただけに地震の被
害に遭った姿は我がことのように無念であった。二十年先の復元と聞けば会うことも叶わない。作者は気持ちを素直に一首に纏めた。結句は「何時の日ならむ」でも・
 
6月「新聞」 宮崎市 小松 京子
今日もまた病み伏す夫に新聞を読み聞かせをり朝のひととき
(評)作者には朝々の習慣になっているのかも知れませんが、長い闘病生活のご主人様への向き合い方に「何とお優しい!」と思ってしまいました。思考力や会話が健全なご主人のご快癒をおりしながら、お幸せなお二人のひと時が見えるような思いで読みました。
 
7月「空」 熊本市 福田美恵子
青空に虹を描きてインパルス城と街とを励ます如く
(評) シンボルの熊本城が地震の大災害に見舞われて四年、途方も無い復興が始まっては
いるが、おそらく復興祭としての航空祭だったのでは・・・下の句に作者の思いが簡潔に述べられている。インパルスの理解度が気になるが、航空祭にインパルスとルビをふるのも如何か?私は新田原で感激して見たことを思い出した。
 
8月「稲穂」 宮崎市 黒木和貴子
花市にガーベラを運ぶ朝の道黄金の稲穂まぶしみて行く
(評)花壇に植えると難しいガーベラ。作者は花卉生産者なのだろう。朝々の花卉市場にガーベラを出荷している。早朝の規則に追われる仕事に関わりながら、市場への道沿いに広がる稲の生長も観察して元気を貰っているのだと思う。素直に詠んでいて情景が・・作者の行動が見えてきて清清しい一首。
 
9月「台風」 南九州市 赤坂よし子
つめ跡をのこしすぎ去りし台風の悲しみ知るや今宵の月よ
原作は「台風は」で初句が始まっていて上の句が台風の説明になってしまったので動かした。下の句「悲しみ知るや今宵の月よ」に作者の思いが伝わり、捨てがたい。台風が主語だから三句に据えて詠むべきでしょう。「今宵の月よ」が詩情をそそる。
 
10月「公孫樹・銀杏」 宮崎市 黒木和貴子
話好きの媼と並びバスを待つ銀杏の下に日差しを避けて
初句「話好きの」がいささか俗っぽいのが気になるが、媼二人が銀杏の下にバスを待ちながら話が尽きない様子がうまく自然に詠われている。調子よい下の句に情景がよく窺われる作品になっている。
 
11月「紅」 宮崎市 鐘ヶ江和貴
紅(くれない)に染まる夕空はてもなく初冠雪の浅間をつつむ
夕焼けの空はくれないに染まり、遥か向こうに初冠雪の浅間が望める風景が一首から一枚の絵のように読者にも伝わって来る旅の歌である。表現に無駄がなく、うまく纏めている。私も旅先で浅間山をバスの窓より指差し眺めた記憶が甦った。
 
12月「師走」 宮崎市 中光 郁惠 
消防車「火の用心」の鉦ならし師走の街の夜更けを行きぬ                                                                      
日暮れが早くなり、冬の季節になると「日の用心」の呼びかけが始まる。市街地では効果がないだろうが、誰もが記憶に懐かしく,火災予防の基になっていて、消防士にはご苦労様と申し上げたい。無駄なく詠み、「火の用心」を訴えている。

※平成28年優秀作品(「天」のみ)

1月 「川」  熊本市 松山 浩一
ただただにその川の面に触れたしとドナウ上流の岸に立ちたり  
(評)「美しき碧きドナウ」のメロディが甦る。ヨーロッパへの海外旅行での感動の場面 が伝わる作品である。黒海へ注ぐドナウ川。上流と言えばドイツあたりだろうか?作者は流れに触れたのだろうか?・・など想像が膨らむが、初句の「ただただに」も 結句の「岸に立ちたり」も感動があふれている。初句は「唯ただに」がいいかも。
 
2月 「畑」  宮崎市 福﨑 公子
夫逝きて少しばかりの畑さへ手に余る日の遠からず来む    
(評)下の句「手に余る日の遠からず来む」と推量的な表現であるが、心の裡を思い巡らす作者の心情が思われる。自らも一年また一年と老いて、庭畑の仕事も出来なくなるに違いない。誰にでも共感される一首である。
 
3月 「菜」  宮崎市 黒木和貴子
本棚に父の形見の『菜根譚』のこる書き込み繰り返し読む  
(評)父が愛読し、人生の指針とした『菜根譚』を本棚から取り出して読むという作者。父の生きざまに近づきたいと父の書き込みにも在りし日を偲ぶ心情が篤く伝わってくる作品である。私には『菜根譚』の知識が無く辞書を引いたところ、儒教の思想に禅学を交えた処世哲学書とあり、難しいが独自の世界観を持つ作者と思った。
 
4月 「道」  宮崎市 黒木和貴子
少女期を過ごしし町のトロントロンひさびさに来て旧道歩む
(評)川南町の旧道に残る「トロントロン」という地名・・バス停にも残るがカタカナの地名はどんな意味を持つのかと思うが、旧道でも町の中心部である。少女期に過ごした場所が作者にも読者にもファンタジックに聞こえて生かされた。久々に旧道を歩いて、懐古したであろうが、主観語を使わずに懐かしさが出せたと思う。
 
5月「竹」 宮崎市 黒木和貴子
竹生島を朗らに謡ふ父の声残れるテープ目を閉ぢて聴く
(評)琵琶湖の竹生島は能や謡の長唄として知られる。生前お父様が得意な謡曲だったのだろう。テープに残る父の声に思慕をつのらせる作者である。内容もよく上手く纏めている。竹生島には「」があった方がいいかもしれない。
 
6月「茶」 熊本市    松山 浩一
折節に母の愛でゐし抹茶碗今なほ温し我が両の掌(て)に
(評)母が亡くなって幾年が経ったのだろう・・在りし日の母が大事にしていた抹茶茶碗で新茶を頂いているのだろう。私はこの茶碗を持つたびに母を偲ぶのです・・という思いがしみじみと伝わって来る。
 
7月「船・舟」 宮崎市  福﨑 公子
帆をおろし岸壁に憩ふ帆船か港まつりの主役を終へて
(評)帆をあげた姿の美しい日本丸の寄港を想像して味わった。「港まつりの主役を終へて」に港の夏の行事が読みとれて風景が見えて来るような一首である。原作「帆船は」を「帆船か」と添削した。助詞一つで散文的になってしまう。
 
8月「海」 宮崎市  黒木和貴子
四方(よも)の海波も穏しき青島に婚礼の列橋渡り来る
(評)青島の弥生橋で作者は結婚式の列に遭遇したのだろうか。それともその列の一人かもしれない。貴重な出会いを喜びとして一首に詠んだのだろう。上の句から日向灘にひらける当日の海は晴れ渡り波穏やかで、この先の二人の門出にふさわしい作者の祈りを込めた一首である。単純化された中に多くを語っていていいと思う。
 
9月「実」 宮崎市 鐘ヶ江和貴
庭草にまじりて育つ茄子ピーマン日照りの夏をけなげに実る
(評)声にして読むと実に素直にリズムよく纏めている。今年の夏は雨も夕立すら望めず連日の酷暑、手入れも出来ずに見守るのみの作者であり共鳴した。「茄子ピーマン」を基本の三句に据えたのが生きた。結句には感謝といたわりの気持ちがでている。
 
10月「霧」 宮崎市 黒木和貴子
いちめんに白ひと色のけさの庭母逝きし日の霧思ひ出づ
(評)母が亡くなった日は乳白色の霧が視界を閉ざしていた。忘れられない記憶が甦る今朝の庭だという作者。今朝の霧に遠い日を重ねて母の面影を追ったのだろう。私自身も母の通夜に視界を閉ざした夜明け、霧の不思議な景を思い出していた。
 
11月「魚」 宮崎市 福﨑 公子
落ち香魚(あゆ)を捕らむと夫が作りたる投網張網小屋に残れり
(評)「小屋にそのまま」・・だからご主人がお元気だった頃落ち鮎を捕ろうと夢中に作った鮎捕りの網が誰も手付かずのままあるというのだろう。兼題に結びついて思いの籠った作品が生まれた。結句は終止形にしたいと思い「残れり」と添削した。
 
12月「鈴」 宮崎市 野邉 純子
高千穂の夜神楽を舞ふ祝者どんの打ち振る鈴の音リズミカルなり
(評) 受け継がれる高千穂の夜神楽を堪能した雰囲気が簡潔に無駄なく詠み込まれていて「祝者どん」「打ち振る鈴」などの神楽ことばが一首の格調を高めて生かされた。冬の宮崎の象徴的な祭礼であるが、遠方の夜の行事だけになかなか観に行けない。
献詠入選者の作品を纏めた歌集『?(かなしき)』(第1~第4集)も発刊致しております。
?(かなしき)は「かなとこ」とも云い、鋳造やハ板金作業を行う際、被加工物をのせて作業をする鋳鋼または鋳鉄製の台のことで、この歌会が単なる献詠の範疇にとどまることなく、歌壇に通用する立派な歌を作るための台になる意味から宮崎神宮黒岩龍彦前宮司から命名と、題字をいただいたものであります。第四集の発刊に際し、改めて黒岩宮司様に表紙の題字をご揮毫いただきました。
 
 
優れた作品を表彰いたしております。表彰式後の記念撮影。
(平成21年7月16日)
TOPへ戻る